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東京地方裁判所 昭和36年(行)99号 判決

判   決

東京都北区岸町二丁目一番地

原告

高田茂登男

都千代田区霞ケ関一丁目二番地

被告

人事院

右代表者総裁

佐藤達夫

右指定代理人

山田通

斧誠之助

小塙直

被告行政管理庁事務次官

犬丸実

右指定代理人

河野勝彦

佐藤三郎

笠井俊雄

右被告両名指定代理人

横山茂晴

伊東真

右当事者間の昭和三六年(行)第九九号判定処分取消等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

原告は、「被告人事院が、被告行政管理庁事務次官の原告に対する免職の不利益処分につき、原告の審査請求(昭和三二年第二二号請求事案)に基づいて、昭和三六年八月一七日なした判定を取り消す。被告行政管理庁事務次官が昭和三二年一一月一六日なした原告に対する免職処分を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を求め、被告ら指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  原告は、昭和二七年七月以来、総理府事務官として、行政管理庁行政監察局に勤務し、同局主査として、行政監察(行政管理庁設置法第二条所定の行政機関及び公共企業体等の業務実施状況の監察又は調査等)の職務を担当していたが、同局保管にかかるの表示ある行政監察業務に関する各文書から取材し、その内容を掲記した「不正者の天国」と題する単行本を著述し「右著書の記述部分の内容は別紙一の番号1ないし74の(イ)欄が引用する別紙二の番号1ないし74に記載するとおりであり、その取材源となつた行政監察業務に関する各文書の名称、作成年月日及び作成者は別紙一の(ロ)欄中の該当番号欄に記載するとおりである。)昭和三二年一〇月三〇日、株式会社自由国民社からこれを発刊し、更に、の表示ある行政監察業務に関する各文書から取材して、同年一一月一日、同社発行の月刊雑誌「私は知りたい」に、右著者の一部と同様の内容の記事、「怪談東京ステーション――一行政監察官吏のノートから」を投稿掲載した(右記事の記述部分の内容は別紙一の番号75ないし85の(イ)欄が引用する別紙二の番号75ないし85に記載するとおりであり、その取材源となつた行政監察業務に関する各文書の名称、作成年月日及び作成者は別紙一の(ロ)欄中の該当番号欄に記載するとおりである。)。これに対し、被告行政管理庁事務次官は、同年一一月一六日、原告が国家公務員法第三号に該当するとの理由で、原告を免職処分(以下、本件免職処分という。)に付した。原告がこの処分(不利益処分)を不当として、同年一二月一一日被告人事院に対し、審査請求(昭和三二年第二二号)をなしたところ、同被告は、昭和三六年八月一七日本件免職処分を承認する旨の判定(以下、本件判定という。)をなした。

二  しかしながら、本件免職処分は、次の理由によつて、違法であり、これを維持した本件判定もまた、同じ理由によつて、違法である。

1  (国家公務法第七八条第三号の免職事由の不存在)

本件免職処分の理由は要するに、前記著書及び雑誌記事の発刊又は掲載(以下、本件著書等の刊行という。)は、原告が職務上知り得た秘密事項を上司の承認を得ないで公表したもので、国家公務員法第一〇〇条第一項の国家公務員の秘密保持の義務に違反するものであり、また、本件著書等の内容において、事実を歪曲、ねつ造したもので、著しく行政管理庁の信用を毀損したものであるとし、このような原告は、国家公務員法第七八条第三号の免職事由、すなわち、原告の「官職に必要な適格性を欠く場合」に該当するというのである。しかしながら、

(一) 本件著書等の記述部分の取材源となつた前記行政監察業務に関する各文書(以下、本件著書等の取材文書等という。)の内容は、実質的にも、また、形式的にも国家公務員法第一〇〇条第一項にいう秘密事項に属しない。すなわち、

(1) 国家公務法第一〇〇条第一項が、国家公務員に対し、秘密保持の義務を課したのは、国民の権益を守り、国家の安全を保持し、公共の福祉を擁護しようとするためであるから、同法条にいう秘密事項とは、それが公表されることによつて、国民の権益、国家の安全、あるいは公共の福祉が侵害される虞があるものでなければならない。しかるに本件著書等の取材文書の内容は、国民の権益を侵害する官僚の不正、腐敗に関する事実であるから、なんらこれを秘匿すべき合理的根拠がなく、むしろ、これを公表することこそ、国民の監視と批判を促して、かかる不正、腐敗を防止し、国民の権益等を擁護する効果もたらすものである。従つて、本件著書等の取材文書の内容は、実質的にみて、秘密事項に属しない。

(2) 本件著書等の取材文書は、秘密文書指定の権限ある者が、正規に、これを秘密文書として、指定したものではないから、それにの表示があつても、秘密文書とはいえない。従つて、本件著書等の取材文書の内容は、形式的にみても、秘密事項に属しない。

(二) 仮に、本件著書等の取材文書の内容が秘密事項に属するとしても、原告は、本件著書等の刊行前に、行政管理庁の要請により、そのゲラ刷りを提出し、同庁の検閲を経ている。従つて、原告は、本件著書等の刊行による秘密事項の公表については、行政管理庁の明示又は黙示の承認を得たものということができる。

(三) また、本件著書等の内容は、事実を歪曲、ねつ造したものではなく、すべて真実を伝えたものである。

以上のとおりであつて、原告には、国家公務員の秘密保持の義務に違反し、行政管理庁の信用を毀損した事実がないから、原告は、行政管理庁行政監察局の職員としての適格性を欠くものということはできず、国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当しない。

2  (本件免職処分は重きに失する)

仮に、原告にその官職に必要な適格性を欠く点があり、国家公務員法第七八条第三号に該当するとしても、これに対しては、せいぜい戒告あるいは注意処分にとどめるのが相当であるから、本件免職処分は、著しく重きに失し、違法である。

3  (憲法第二一条違反)

原告は、官紀粛正と汚職追放を実現し、公共の福祉を増進するために、あえて、本件著書等の刊行に及んだものであり、しかも、行政管理庁は、刊行にあたり、事前に、その内容を検閲している。従つて、原告が本件著書等を刊行したことを理由とする本件免職処分は、言論、出版その他一切の表現の自由を保障し、検閲を禁止した憲法第二一条に違反するものである。

4  (憲法第一五条第二項、国家公務員法第九六条第一項違反)

原告は、行政監察の結果はすべて公表し、国民の批判と監視にさらし、行政運営の改善をはかるべきであると信じ、この旨をしばしば上司に具申したが、被告行政管理庁事務次官その他の同庁の首脳部は、これを容れないで、監察の結果、官僚の不正、腐敗等の行政運営上の欠陥が明らかになつているのに、これを秘匿する態度であつた。そこで、原告は、行政管理庁首脳部のかかる態度は、国家公務員の国民全体の奉仕者としての立場を忘れ、国民の権益、公共の福祉を不当に侵害するものであると考え、本件著書等の刊行に及んだものであつて、国家公務員の国民全体の奉仕者としての責務を忠実に果したものというべきである。しかるに、これを理由にした本件免職処分は、公務員の責務を規定した憲法第一五条第二項、国家公務員法第九六条第一項に違反するものである。

三  本件判定は、なお、次の理由によつても、違法である。

1  本件免職処分は、原告が国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当する事実として、原告が本件著書等を刊行して、職務上知り得た秘密事項を洩らした点と、本件著書等の内容において、事実を歪曲、ねつ造して、著しく行政管理庁の信用を毀損した点を掲げているのであるから、被告人事院は、本件判定において、両者の事実の存否を認定したうえ、本件免職処分の当否を判断すべきであるのに、そのいずれをも認定することなく、右処分の正当性を承認したことは、違法たるを免れない。

2  本件判定は、その判断の根拠として、昭和二七年九月五日行政管理庁訓令第一一号監察業務運営要領(以下、監察業務運営要領という。)第一七条を掲げているが、同条は、行政管理庁が行政管察の結果を発表すべきことを定めているのに、同庁はこれを実行していない。かように、実際上運用されていない法規を判断の根拠とした本件判定は、違法である。

四  以上のように、本件免職処分及び判定は違法であるから、その取消を求める。

第三  請求の原因に対する答弁及び被告らの主張

一  請求原因一記載の事実は認める。同二記載の事実は否認する。但し二記載の事実のうち、1の冒頭記載のように、本件免職処分の理由が、原告主張のとおりであること、1の(二)記載のように、行政管理庁が原告から本件著書のゲラ刷りの提出を受けたこと、3記載のように、原告が行政監察の結果はすべて公表すべきであるとの意見をもち、上司にその旨具申していたことは認める。同三記載の事実は否認する。

二  本件免職及び判定は、いずれも適法である。

1  行政管理庁では、行政監察の目的を行政の改善におき、行政監察の実施にあたつては、個々の非違の糾弾に偏することを避けるとの運営方針を採り、従つて、行政監察業務の運営、殊に監察結果の処理については、特に慎重に取扱うべきものとしている。すなわち、昭和二八年七月二七日監察部秘密文書取扱要領(以下、秘密文書取扱要領という。なお、行政監察局は以前行政監察部と称されていた。)第一項には、「秘密文書とは、監察業務計画、監察結果報告書、情報報告書、情報摘録、総合情報その他担当課長(監察官を含む。以下同じ)が特に指定するもので、部外に対し秘密を要する文書をいう。」と、第二項には、これら文書には、「すべての表示をなし、一連番号を附す。」と規定され、右のような行政監察業務に関する文書は、秘密文書と指定されている。また、監察業務運営要領第一七条には、「監察結果に関する発表は、原則として、行政監察局長が措置する。但し、第一九条の監察(管区行政監察局又は地方行政監察局限りの監察)に関しては、当該局長が行うことができる。」と規定され、昭和二七年八月一九日行政管理庁達第六号、行政監察に従事する職員の服務規程(以下、服務規定という。)第一〇条には、「職員は、上司の指示又は許可を受けた場合の外、外部に対し資料の提供その他発表を行つてはならない。」と規定され。行政監察業務に関しては、一般の職員がみだりにこれを公表することを禁じ、もつぱら行政監察局長がその発表の措置をすべきものとしている。

2  しかるに、原告は、かねてから、監察の結果明らかとなつた不正、腐敗の事実は、すべてこれを国民に公表すべきであるとの見解を懐き、行政監察業務が自己の見解に反して運営されていることを不満とし、上司に対し、これに関する自己の意見を具申していたが、これが容れられないことを知るや、上司の指示ないし許可を得ないばかりでなく、上司の事前の警告を無視して、あえて、本件著書等を刊行したものである。しかも、本件著書等の取材文書は、別紙一の(ハ)欄に記載するとおり、行政監察業務の計画に関する「監察業務計画」、行政監察の結果を記載した「監察結果報告書」又は行政監察に関する情報を記載した「情報報告書」であつて、いずれも秘密文書取扱要領第一項の「秘密文書」に該当し、且つ、右取材文書には、すべての表示がなされているのである。原告は、かかる文書の内容を、別紙一の(イ)欄が引用する別紙二に記載するように、本件著書等に掲記することにより、職務上知り得た秘密事項を漏らしたものである。

3  このような原告は、国家公務員法第一〇〇条第一項による国家公務員の秘密保持の義務に違反し、監察業務運営要領及び服務規程の前記規定による行政監察に従事する職員の職務上の義務に違反するものであり、服務規律を遵守する意思を欠くこと甚しいものがあるといわなければならないから、行政管理庁職員に必要な適格性を欠くことは明白である。故に、国家公務員法第七八条第三号に基づいてなされた本件免職処分及びこれを維持した本件判定に、なんら違法はない。

三  なお、秘密文書指定の権限について附言すれば、行政管理庁長官は、国家行政組織法第一〇条により、同庁の事務を統括し、職員に対し、指揮監督権を有するのであるから、同庁長官がその所掌事務について、いかなる事項を秘密とし、又は発表すべきかを決定する権原を有することはいうまでもない。そして、更にその下級機関である局長、部長、課長が、その上級機関の指示に反しない限り、その所掌事務に関し、職員に対し指揮監督権を有することも、国家行政組織法上局、部、課等の制度が設けられていることから、当然である。従つて、行政監察局長(当時監察部長)が、上級機関たる同庁長官の指示に反することなく、指揮監督権の行使として、その所掌事務である行政監察業務に関する文書の取扱いについて、秘密文書取扱要領を定めることは、適法な措置である。そして、同局長は、これに基づいて、本件著書等の取材文書を秘密文書と指定した。従つて、本件著書等の取材文書は、秘密文書指定の権限のある者によつて、秘密文書として、指定されたものであることは明らかである。

第四  証拠≪省略≫

理由

一  原告が、行政管理庁行政監察局に勤務し、同局主査として、行政監察の職務を担当していたこと、原告が同局保管にかかるの表示ある行政監察業務に関する各文書から取材し、その内容を掲記した「不正者の天国」と題する単行本を著述し、昭和三二年一〇月三〇日株式会社自由国民社からこれを発刊し、更に、の表示ある行政監察業務に関する各文書から取材し、同年一一月一日発行の雑誌「私は知りたい」に、右著書の一部と同様の内容の記事、「怪談東京ステーション――一行政監察官吏の極秘ノートから」を投稿掲載したこと、本件著書等の記述部分の内容が別紙一の欄(イ)が引用する別紙二記載するとおりであり、その取材源となつた行政監察業務に関する各文書の名称、作成年月日及び作成者が別紙一の(ロ)欄中の該当番号欄に記載するとおりであること、被告行政管理庁事務次官が、請求原因二の1に記載する理由により、本件著書等を刊行した原告を国家公務員法第七八条第三号の免職事由、すなわち、原告の「官職に必要な適格性を欠く場合」に該当するとして、同年一一月一六日本件免職処分に付し、被告人事院が右不利益処分に対する原告の審査請求につき、昭和三六年八月一七日、本件免職処分を承認する旨の本件判定をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  本件免職処分の適否

1  原告は、国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当しないから、本件免職処分は違法であると主張する。

(一)  まず、本件著書等の記述部分の取材源となつた前記行政監察業務に関する各文書(以下、本件著書等の取材文書という。)の内容が秘密事項に属するか否かについて、判断する。

(1) 行政管理庁設置法第二ないし第四条の規定、成立に争のない乙第三ないし第五号証並びに証人(省略)の証言によると、行政管理庁の行う行政監察制度は、行政機関の業務の実施状況を監察し、右監察に関連して、行政管理庁設置法第二条第一二号所定の業務(以下、公共企業体等の業務という。)の実施状況を調査し、監察上必要な資料を収集するなどして、行政機関及び公共企業体等の業務実施上の欠陥を明かにし、その改善策を行政機関に勧告し、行政機関をして、これに従い、自主的に行政運営の改善を図らしめるために、設けられたもので、その目的は行政運営の改善にあつて、非違の糾弾を目的とするものでないこと、行政監察業務の運営方法として、(イ)、行政管理庁行政監察局長(以下、単に行政監察局長という。)が監察目的、監察事項及び監察方法等を明らかにした監察計画を樹立し、(ロ)、管区行政監察局長及び地方行政監察局長が、行政監察局長から示達された監察計画(監察業務計画書)に基づき、更に、細部にわたる監察の実施計画を作成し、行政機関又は公共企業体等に対し必要な資料の提出及び説明を求め、これらの業務の実施状況を実地に又は書面により調査するなどして、監察を実施し、その監察の結果(行政機関及び公共企業体等の違法不当行為その他の業務実施上の欠陥を含む。)をとりまとめた報告書(監察結果報告書)を行政監察局長に提出し、(ハ)、行政監察局長が、これらの報告書に基づき、同局の監察会議(行政監察局長及び五人の審議官で構成される。)の審議を経て、監察の実施により明らかとなつた行政機関等の違法不当行為その他の業務実施上の欠陥の生じた原因及びその改善の方法を総合的に検討し、その結論に勧告案又は結果処理案を附した報告書を同庁長官に提出し、(ニ)、同庁長官が、右報告書により、内閣総理大臣又は関係行政機関の長に対し、行政運営上の改善及び綱紀の維持につき、意見を述べ又は勧告し、行政機関の長が勧告に基づいて執つた措置について報告を求め、その実現を推進し、(ホ)、なお管区行政監察局長及び地方行政監察局長の樹立した監察計画による業務の外、常時その管察区域内にある行政機関及び公共企業体等の業務の実施状況の把握に務め、これに関する情報(違法不当行為その他の業務実施上の欠陥を含む。)を行政監察局長に報告し(情報報告書)、また、特に必要があると認めるときは、行政監察局長の承認を受けて、当該局限りの監察を行つていること、従つて、行政監察によつて明らかとなつた行政機関等の違法不当行為を含む業務実施上の欠陥は、行政管理庁長官の行政機関に対する適切な意見ないし勧告によつて、改善し得べきものであつて、これを一般に公表すれば、いたずらに、非違の糾弾に終り、国民に国の行政に対する不信をいだかせるだけで、かよつて、行政運営の改善という行政監察制度の目的を達成することができず、場合によつては、防衛、外交その他の国政の運営を妨げ、個人の名誉を毀損するに過ぎない結果を招く虞があること、それゆえ、監察業務運営要領は、第一七条に、「監察の結果に関する発表は、原則として、行政監察局長が措置する。但し、第一九条の監察(管区行政監察局又は地方行政監察局限りの監察)については当該局長が行うことができる。」と、規定し、服務規程は、第一〇条に、「職員は、上司の指示又は許可を受けた場合の外、外部に対し資料の提供その他発表を行つてならない。」と、規定し、秘密文書取扱要領は、第一項に、「秘密文書とは、監察業務計画、監察結果報告書、情報報告書、情報摘録、総合情報その他担当課長(監察官を含む。以下同じ。)が特に指定するもので、部外に対し秘密を要する監察業務に関する文書をいう。」と、規定し、その他の項に、秘密文書の保管、配布等の取扱方法について規定したのであつて、監察の結果その他の監察業務に関する発表は、行政監察局長が適切な時と方法により、措置することとし、一般の職員にはこれを禁止していることが認められる。以上によると、行政監察業務に関する計画又は行政機関等の違法不当行為その他の業務実施上の欠陥を記載した監察業務計画書、監察結果報告書、情報報告書その他これに類する監察業務に関する文書の内容を公表するときは、行政監察制度の目的の達成を妨げるばかりでなく、公益又は私益を侵害する虞があるから、これらの文書の内容は実質的にみて、一般に公表されるべき性質のものでなく、秘密事項に属するものといわなければならない。

本件の場合、本件著書等の取材文書の名称等が別紙一の(ロ)欄に記載するとおりであることは、前記のとおりであり、これに、証人(省略)の証言を総合すると、本件著書等の取材文書は、別紙一の(ハ)欄に記載するように、秘密文書取扱要領第一項所定の秘密文書である監察業務計画(書)、監察結果報告書又は情報報告書に該当し。右取材文書中本件著書等に取材された部分の内容は、別紙二に記載するように、地方公共団体又は日本国有鉄道の施行工事の請負契約に関する談合その他の不正手段による入札、日本国有鉄道のその外郭団体に対する不当な利益の供与、情実による国有林の不当払下げ、堤防復旧、港湾修築その他の公共補助事業の施工上の欠陥、地方公共団体等の各種国庫補助金の不正受給及び不当処理、公営住宅に関する不当な入居者選定及び予約金等の徴収、土地、機械その他の国有財産の不当な管理及び処分、農林漁業金融公庫の過大融資その他これに類する事項であり、これら事項のうち、別紙一の番号4が引用する別紙二の番号4の記述内容中、検察官の論告内容を掲記した部分のように、明らかに公表されたものと認められるようなものを除けば、前記理由により、実質的に、秘密事項に属することが明らかである。

(2) 行政管理庁設置法第三条、第二条第一二ないし第一四号には、行政監察の業務は、行政監察局の所掌に属する旨が規定され、行政管理庁長官が、行政組織法第一四条に基づいて定めた監察業務運営要領(行政管理庁訓令)第一七条には、監察の結果に関する発表は、原則として、行政監察局長が措置する旨が規定されている。これらの規定に、前掲乙第五号証、証人(省略)の証言を総合すると、行政監察局長は、行政監察業務に関する文書について、これを公表すべきか否かを指示する権限を有し、これに基づいて、秘密文書取扱要領を作成し、その第一項に、前記のように、秘密文書を指定し、第二項に、「秘密文書には、すべての表示をなて、一連番号を附す。」と定められたことが認められる。そして、既に述べたように、本件著書等の取材文書が、秘密文書取扱要領第一項に指定する秘密文書に該当し、且つ、それらにはの表示がなされているのであるから、本件著書等の取材文書は、適式に指定された秘密文書であるということができ、従つて、その内容は、形式的にも、秘密事項に属することが明らかである。

(二)  次に、原告が本件著書等の刊行による秘密事項の公表について行政管理庁の明示又は黙示の承認を得ているか否かについて、判断する。

(証拠―省略)に、当事者間に争いのない事実を総合すると、本件著書等の刊行のいきさつとして、次のような事実が認められる。原告は、かねてから、行政管理庁が実施する行政監察業務の運営方法は不当であると批判し、行政監察の結果判明した不正事実はすべて国民に公表すべきであると考え、この旨を上司に具申していたが、容れられなかつたので、自己の見解に従い、職務上入手しうる行政監察の結果を著書又は雑誌記事に記述して公表するため、本件著書等の刊行を企図した。行政管理庁では、昭和三二年九月下旬、事前に、本件著書発刊の企図を察知し、原告の了承を得て、出版社から、そのゲラ刷りの提出を受け、検討したところ、本件著書は、行政監察局保管にかかる秘密文書である前記行政監察業務に関する各文書から取材し、その内容を掲記して著述したものであり、これを発刊することは、国家公務員法第一〇〇条第一項、服務規定第一〇条に牴触するだけでなく、その内容が事実に反するため、行政管理庁その他関係行政機関の信用を毀損し、特定の個人の名誉にもかかわるものと判断したので、同年一〇月初旬、高柳行政監察局長、井原同局秘書課長、片山同局庶務課長らが、直接、間接に、しばしば、原告に対し発刊の中止を勧告し、発刊した場合は厳重な処分をもつてのぞむ旨を警告したが、原告はこれに従わず、あえて、本件著書を発刊し、更に、前記雑誌に本件記事を掲載するにいたつた。

以上の事実によると、行政管理庁は本件著書等の刊行による秘密事項の公表を承認しなかつたことが明らかであり、他に、右公表につき行政管理庁の明示又はは黙示の承認があつたと認めるに足りるなんらの証拠もない。

(三)  以上述べたように、本件著書等の取材文書の内容は、実質的にも、形式的にも、秘密事項に属するから、行政管理庁の承認を得ることなく、これを掲記した本件著書等を刊行した原告の行為は、国家公務員たる職員が職務上知ることができた秘密を漏らした行為であつて、国家公務員法第一〇〇条第一項に違反するとともに、前記服務規定第一〇条にも違反することは明らかである。なお、証人(省略)の証言によれば、行政管理庁は、従来行政監察の結果はみだりに公表されないものとして監察業務に協力してきた行政機関及び公共企業体等から、行政管理庁の職員が本件著書等を刊行して、監察の結果を一般に公表したことについて、抗議を受け、特に、国鉄からは、本件著書等の内容中には、国鉄が行政管理庁の監察の結果既に改善した事項について、その非違を責めるのみで、改善の事実については少しも触れていないものがあるとの不満を示し、当時実施中の国鉄に対する業務調査の一時中止まで申入れてきたことが認められるのであつて、この事実によれば、原告は、本件著書等の刊行により、関係行政機関及び公共企業体に対する行政管理庁の信用をも毀損したものということができる。

以上の次第で、本件著書等の内容が事実を歪曲、ねつ造したものでなく、真実を伝えたものであるかどうかは、これを問うまでもなく、本件著書等を刊行した原告は、行政管理庁行政監察局の職員として、その官職に必要な適格性を欠くものとして、国家公務員の免職事由を規定した国家公務員法第七八条第三号に該当するものと認めるのが相当である。

2  更に、原告は、本件免職処分は重きに失し、違法であると主張する。しかし、行政監察制度の目的は、行政機関等の違法不当行為を含む業務実施上の欠陥を明らかにし、行政機関に対する適切な意見ないし勧告によつて、行政運営の改善を図ることにあつて、非違の糾弾を目的とするものでなく、従つて、本件著書等の取材文書である行政監察業務に関する各文書の内容は、これを一般に公表するときは、行政監察制度の目的の達成を妨げるばかりでなく、公益又は私益を侵害する虞があるゆえに、実質的に秘密事項に属すること、また、これらの各文書は適式に秘密文書に指定され、且つ、の表示があつて、その内容は、形式的にも秘密事項に属することは、既に述べたとおりである。原告は、行政監察業務に従事する行政監察局の主査として、また、監察業務運営要領第一七条、服務規定第一〇条及び秘密文書取扱要領第一、二項の明文からして、当然に、これら文書の内容が、秘密事項に属し、公表されるべき事項でないことを知悉し、又は知悉し得べきであつたのである。しかるに、原告は、既に認定したように、かねてから、行政管理庁の実施する行政監察業務の運営方法を不当とし、行政監察の結果明らかになつた不正事実は、すべて国民に公表すべきであるとの独自の見解を固執し、上司の再三の注意、警告を無視してまで、あえて、一般の販売に供される本件著書等に、秘密事項に属する前記行政監察業務に関する文書の内容――行政機関及び公共企業体等のきわめて多数の違法不当行為を含む業務実施上の欠陥――を掲記して、その刊行に及んだのであるから、このような原告の行為が、国家公務員の秘密保持の義務を規定した国家公務員法第一〇〇条第一項及び行政監察業務に従事する職員の外部不発表の義務を規定した服務規定第一〇条に違反することはいうまでもなく、その情状も決して軽くないものといわざるを得ない。そして、右規定による職務上の義務は、行政監察業務の目的及び運営上、その業務に従事する職員としては、最も重要な義務であること、前記のような見解を固執する原告には、その職責の履行を期待し得ないばかりでなく、むしろ、行政監察業務の運営を阻害する虞があること、また、前記のように、本件著書等の刊行により、行政管理庁の信用を毀損したことなどをあわせ考えると、本件著書等を刊行した原告は、明らかに、その官職に必要な適格性を欠くものとして、国家公務員法第七八号第三号により、免職に値するものといわなければならない。以上のように、本件免職処分を重きに失するとする原告の主張は理由がない。

3  次に、原告は、本件著書等の刊行を理由とする本件免職処分は言論、出版その他一切の表現の自由を保障した憲法第二一条に違反すると主張する。しかし、本件著書等の刊行が、公務員が職務上知ることのできた秘密を漏らすことを禁じた国家公務員法第一〇〇条第一項に違反するものであることは、既に述べたとおりである。ところで、憲法第二一条は、絶対無制限の自由を保障しているものでなく、公共の福祉のために、表現の主体、表現の内容等につき、必要、且つ、合理的制限の存することは、これを容認するものといわなければならない。しかして、国家公務員法第一〇〇条第一項は、公務員が職務上知り得た事項の中には、これを他に知らしめることにより、国政の運営を妨げ、公益又は私益を不当に侵害する虞のあるものが少くないため、このような事項を秘密として、特に、当該公務員に対し、国民全体の奉仕者としての立場上、その漏洩を禁じたものであつて、このような公務員に対する表現の自由の規制は、公共の福祉のため、憲法上許された必要、且つ、合理的制限と解することができる。従つて、本件著書等を刊行し、国家公務員法第一〇〇条第一項に違反した原告がその官職に必要な適格性を欠くとの理由で、なされた本件免職処分は、憲法第二一条に違反するものではない。

なお、原告は、本件免職処分が憲法第二一条に違反する理由として、本件著書等の刊行に当り、行政管理庁が事前に、その内容を検閲したと主張する。しかし、仮に、行政管理庁が原告主張のような検閲をし、それが違憲であつたとしても、そのことは、本件著書等を刊行したことを理由になされた本件免職処分の効力にはなんら消長を来すものではない。従つて、検閲の事実の有無について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

4  また、原告は、本件著書等の刊行は、行政監察の結果明らかになつた行政運営上の欠陥を公表して、国民の批判と監視にさらし、国民の権益と公共の福祉を擁護するためにしたのであつて、原告が国家公務員の国民全体の奉仕者としての責務を果したことになるのであるから、これを理由とする本件免職処分は、公務員の責務を規定した憲法第一五条第二項及び国家公務員法第九六条第一項に違反する旨を主張するのである。しかし、既に認定したように、行政監察の結果明らかとなつた行政運営上の欠陥は、行政管理庁長官の行政機関に対する適切な意見ないし勧告によつて、改善し得べきであつて、これを一般に公表することは、行政運営上の改善を期待し得ないばかりでなく、かえつて、公益又は私益を侵害する虞があるのであるから、原告が本件著書等を刊行して、前記のような行政機関等の違法行為その他業務実施上の欠陥を公表したことは、むしろ、国民の権益を侵害し、公公の福祉を阻害する結果を招く虞があり、公務員の国民全体の奉仕者としての責務に背反するものといわねばならない。従つて、本件免職処分を憲法及び国家公務員法の前記各規定に違反するとする原告の主張は、その独自の見解に基づくものであつて、採用することができない。

三  本件判定の適否

1  原告は、本件免職処分を維持した本件判定は本件免職処分の違法理由と同一の理由により違法であると主張するが、その理由のないことは、本件免職処分の適否につき、既に述べたところによつて、明らかである。

2  なお、原告は、本件判定には、本件免職処分が国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当するとして掲げている事実の存否を認定しないで、右処分の正当性を判断した違法がある旨を主張する。

既に述べたように、本件免職処分は、要するに、原告の本件著書等の刊行が国家公務員法第一〇〇条第一項による国家公務員の秘密保持の義務に違反し、且つ、著るしく行政管理庁の信用を毀損したものであるとし、このような原告が同法第七八条第三号の免職事由に該当すると認めたのであるが、成立に争いのない乙第二号証によると、本件判定は、要するに、原告の本件著書等の刊行が服務規程第一〇条及び監察業務運営要領第一七条による行政監察業務に従事する一般職員の外部不発表の義務に違反するものとし、このような原告が国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当すると認め、右事由による本件免職処分を正当として承認したものであつて、本件著書等の刊行が国家公務員の秘密保持の義務に違反し、著しく行政管理庁の信用を毀損したとの点については、なんら触れていないことが認められる。しかし、本件免職処分が認定した国家公務員法第七八条第三号の免職事由に該当する事実は、本件著書等の刊行であり、本件判定も、また、本件著書等の刊行を同法条の免職事由に該当する事実と認定しているのであるから、本件判定には、原告が主張するような違法は存しない。

3  また、原告は、本件判定には、実際上運用されていない監察業務運営要領第一七条を判断の根拠とした違法があると主張する、しかし、証人(省略)の証言によれば、行政管理庁は、右監察業務運営要領第一七条の運用として、監察の結果明らかとなつた個々の事実の公表はさけるが、監察の結果判明し検討された行政運営上の欠陥とこれに対する改善意見は、原則として、行政監察局長が新聞記者にその要旨を発表し(発表事項の内容によつては、同庁長官、政務次官又は事務次官がこれを行つている。)、新聞に掲載させて、公表し、また、国会及び内閣に対しては、これに関する報告書を送付していることが認められるのであるから(この認定に反する原告本人尋問の結果は採用しない。)、本件判定には、原告主張のような違法はない。

四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

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